ここでは考察なんか普段しないんだけどねー。
ハッカーとしてとか、趣味としてとかで何かやるって分にはどうやったて構わないんだろうけど、それで「結果がでねー」とか言う話をされてもちょっと困るかなー、と少し思った。直接言ってはないんだけどたとえば「会社がつまんねー」ってのも案外つまんなくしてるの自分だったりしねーとか、まぁ知らんけどさ。
あと、結果と主張と実力の間に因果がないのを無理やり因果つけて考えるのも勘弁。有名な人の中には結構「はぁ?」という人もいるようだ。あくまで感じですけどー。
「努力すんな」というのは間違いで「努力するなら何に注力するか、しているか、してきたかに細心の注意を払うべき」というのが正解なんじゃないかと思う。もっとも細心の注意を払ったところで歴史の流れを予見することは難しいんだけどね。しょっちゅう「塞翁が馬、塞翁が馬」と念仏のように唱えてないといけない時代だ。……そりゃ、今も昔もか。
経験値少ないのは分かってるけど、現状で私的にあんまりやるとまずいかなーと思うことをちょっと考えてみた
悪書を含めた乱読はやめるべき。悪書の批判すらもやめるべき
批判を書く上で悪書の存在を認めて頭の領域を占めることになって無駄だから。しかも、ふと気づくと悪書と認定したはずの本の知識をちゃっかり取り入れてロジック組み込んじゃうのが人間の脳だったりするので、記憶定着は最小限に抑えるべきな気がする。途中で読むのをやめるか、ばーっと読み流してamazonに☆1をつけとけば良い。
問題は「悪書」の定義が難しいことだけど、私の感じでは
- 訳本になったものは、訳が悪い可能性を含むものの、元が良著である可能性が高い
- 日本人が書いたものはかなり眉唾。新書だとさらに。技術書では壊滅的。そうとう慎重になって選ばんとあかん
- 最近多いのが「名著を読む」という本。素直に「師ね」と言ってやる。ああ言ってやるとも。もうその本読んだから!
- ブログで評判になったものと良著との相関はあんまない
- ほんと、ない。あったとして、GTDくらいか?でもあれってうまくやってる人ほとんどいないけどねー。
とか。
あと、悪書でも良書でもないものを何度も読むとかいう愚は避けるべき。どーでも良い本を何度も読む暇があったら良書を探せ、と思う。
経済関係のトピックの本を読む前に、経済学の教科書を一冊くらい買って読んでおくべき
この業界、アホが多いんで。。。
どれがいいって?知らんですよ。。。マンキューとかスティグリッツとかで良いんじゃないでしょうか。。。?
#私が読んだのはスティグリッツみたいですねー。悪くないです。訳者が勝手に足したコラムが邪魔なだけで。
使う目的で読むべき
単に第三者視点で「ふーん」とか読むと、なんというか要らんところに首突っ込みたくなるから。自分が行動をする際に使えるものにするべき。
もっとも、どう行動するかを本が規定するってのはあるんだけどさー。
うぬぼれるな
あー、今ふと思ったフレーズなんだけど、これが超重要かなー。
なんつーか、実社会でうまく行ってなさそうな、読書好きエンジニアの自惚れ具合にはほとほと辟易するんだけど、どうにかならんか。それはともかく
- 自分が好きなトピックが読むべき本だと思うべきではない
- まじで思うべきではない。特に自分がうまく行ってないなーと思ったら。G.M.ワインバーグいわく「うまくいかないことがあったら、ほかのことをやれ」。世の中の人が奇しくも本でやっているのはこの反対である「うまくいかないことがあったら、もっとやれ」なので、なんというかもしかして、馬鹿なのですか? (by ダンタリアン)
- 自分がだめだと最初に決め付けた本については、なぜ駄目なのかを説明出来て実際にその本がそういう悪い典型になっているかまでつきつめるべき
- 思わぬバイアスをかけたまま特定の傾向の本だけピックアップする多読家は非常にやっかいで使い物にならない
- 1歩高い視点の本と1歩近い始点の本を読んでおくべき
- 抽象的過ぎるので説明パス
いじょ。