真 もわ爛漫

しゃーら、しゃーらしゃーら

起業と言うのも分かりにくいものだね

最近、あくまで雑談レベルで4・5回ほど起業がらみの話を聞きました。他の人が「起業しました!」というのを見ていたというのも含めてですから、他の人だってそんくらいは話には聞くんじゃないでしょうか

こういう話を聞いたり話したりするとき、私は2x2の視点は最低クリアにしておきたいと思ってます。ネタなんかマジなのか、自分が関係するのかしないのか。ネタとマジは分かり辛いので言い換えると、思想上の論点を述べるのか実務上の論点を述べるのか、です。大抵他の人の企業話はネタとしては降りかかってこないので(ネタ, 他人)ってのは上のようなコンテクストではあまり入ってこず、2x2に綺麗に事例が分布するわけではないんですが、でも例えば本を読んでるときにはこのコンテクストの比率がむしろ超上がるわけです。やべぇ、「ドラッカー、超ネタなんですけど」ってわけです

ここで書くことはすべて(ネタ, 自分)が軸です。だから、他の象限で私が語ることとは結論が異なる部分も多いでしょうね。ただ、若干(マジ, 自分)入ってます。「マジで自分入ってる」、いいじゃないですか変態みたいで

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一人でやるのならそれほど問題になることはなくて、自分が何をやりたいかを見ればそれでおしまいなんだと思うんですが、もちろんその過程で1年後、3年後に何を軸に活動しているかは見ておくべきだと思いますけどね。

複数人で起業して良く耳にするのは、成長し始めたあたりでのギッスギス感で、割に優秀と思しき人同士でもそこで何か仲間割れが起きてたりして、なんでかっていうと実は1年後のビジョンでぜーんぜん違うことを考えてました、みたいな話だった、なんていうのはストーリーとしては良く聞きます。上場目指すのかと思いきや実はコミケのチケットを確保するためのダミーでしたとかなったら目も当てられない。

齢30未満では私が号令をかけるためのカードは実務的にはすごく少ない。仮に自分のコーディング能力が仮に上位2%以上で仮にあったとして、例えば会計サイドはガラ空きでパテントは良く分かってないしマーケティングで分かるのは無料はおいしくないくらいだし、あるときに欲しいと思ってもコネがあるわけでもない。せいぜい社名に「ぐぬぬ」を使うのは良くないくらいしか考えられません。

最近の起業やりたい系の人を見ていて怖いなぁと思うのは、過去の資産が有効でないことを自分なりに確信してるんじゃなくて単に知らないことを要らないことに勘違いしている面がすごくあることですね。生き残れば生き残ったということで、そういう成功者が多くいるように見える一方、果たして同じことを同じようにやって生き残れるよう前衛の方々は道を整備したんでしょうか。あるいはぺんぺん草も生えない風に駆け抜けて実は地雷も巻いていて「さぁ、ボクの後についてくるんだ」(半年後)「僕は後についてきてほしいと言ったはずだよ。地雷を巻いたことについての説明は省略したけど」という敏腕地雷獣だったのか、私には結構判別がつかない。

アメリカであればコーチ的な人が若くてたんに動くって人をうまくプロモートする土壌があるような話を良く聞きますが、日本だと罠にはめる人の方が多いと聞きます。とすると、日本でなんかやる際にただの博打を越すためには、誰が罠なのか誰が協力者なのかを効率よく見分けられる、か、もう全部自分サイドに初めからすべて持っておくか、しかないように見えたとして、ま、仕方ないですね。

そういうことを脇に置いといて、では、素直に純粋に、理想型で自分が何をやりたいかを具体的に (理想的に素直に純粋にしかし具体的に) 思い描こうとすると、結構難しいなぁなんてふと感じました。具体的な姿を思い描くために必要なピースが今の場所だと集まりづらいんです。

以前とある自営の眼鏡好きと話していて偶然発見し、それから半年後、隊長のブログ (サラリーマンとビジネスマンの違い(雑感): やまもといちろうBLOG(ブログ))とどこから流れ着いてきたか分からない記事 (サラリーマンは自営の気持ちがわからない : 好きを仕事にする大人塾=かさこ塾塾長・メッセージソングライター・キャリア教育講演家かさこブログ)で再認識したことに、大きい企業だと個別具体的な手作業の実態はおそろしく見えないんですよね。私が今見ているのは「節子、そこに入れるのは配列やない、ArrayListや」的なものであって、在庫の管理のための減価償却の形式ではないんです。仮にそのために工業簿記を座学で学んだって、じゃぁAdobeのソフトがLionで対応されなくなったらこれ会社的にどうやって処置するの、みたいなしごく微妙な細かいことが分からない。そして私はいつもhttp://www.amazon.co.jp/dp/4861139120を見て「うわぁ、私そんなこと考えてないわ」とか悲嘆にくれます。貯蓄とインフレ対策のインデックスってのはやってるんですけど。

そしてそれは自分が小規模のオフィスを構えるときの形態ではありつつ、ではオフィスが100人従業員を抱えたときに、入ってきた社員が1年後何やってるかを把握できない規模という状態でドラッカーの言うマネジメントを実務でどうこなすかも、分からない。自分の下に10人という状態すら、非常に良いエンジニアリング起業であれば稀であるべきで、一方、会社全体の経営ならそれが普通であるべきでもあります。そして話は戻り、その起業のサイズとビジョンがどれだけ重要なのか、そのために私が自分の中の何を提供するべきなのか、もし集団で起業するのならそれもラフにであれ見ておきたいとは思うわけですね。

最近、「ああ、なんか出来そう」とか思うことが多々あるんですが、しかし実際にその現場にいなければ出来るかどうかは分かりません。で、それなりに自分自身でそういう状態を作る (= 起業するか誰か手伝う) 以外にはそういう状態には実際にはならないですよね。

動く必要があるのだとすれば、その実務的なところを見たい欲求から、あるいは必要からで、私は過去を振り返る限り実務を後回しにしがちなんです。実際にその現実を見たときに実務に弱いという印象は、個人的にはないんですが、実務スターターから見ると、私の動き方は一見して「遅い」ようには見えるという必然的な弱点があります。これは毎度私の生活の悩みどころです。実際、小さめな企業では初速が「極めて」重要なケースがあり、私はそういうのでうまくやれるか未だに謎ですし、またもう少し攻撃的に言うと、複利をプロジェクトに持ち込むという概念は鼻っから分からん人が多いようです。

何かやりたいと思い起業を目指すときに二つの問題があるように感じられます。頭でっかちで止まるのと、どこかの時点でピーターの法則がっつりでやられるのと。金を儲けてうっはうはしたいなぁとか単純に考えてもいつつ、しかしふと気づいたときに「たいちょー、インドでストが起きて読捨新聞の社説で猛烈に叩かれてます」とかされてもたまらんですしね。ある種必然として逃れられない問題があるからこそ、明らかに問題だぜって話もスキップすることは避けたい。そして実際に過去のいろいろな人の経験談を見るに、「明らかな問題」を理解するための感性構築すら非常に面倒で時間のかかる課題であるように見える。これでも大学卒業時点から随分細かい所の考え方は変化していてそういう「感性」みたいなのは前よりましになったと信じたいですが、ある一面はもうほとんど才能であって、どっかで見切り発車するか諦めてサラリーマンで代わりにDDR筐体買うか、しかないんですよ。

かつておおむかし大学でいろいろな分野の職業人、著名人のオムニバス講義とかいうのがあって、最近話を聞かない立○隆何て言う人もいて結構おもしろかったんですが、その講義の一つで若者から全力で搾取することに美徳すら見出すナイスミドルの起業家ってのがいまして、あれを見ていると成功を目指すとは恐ろしいものであるなぁと思いました。そういう人は、アメリカだと金を儲けた後に不思議と慈善団体を設立したりするんですよね。どっちが良いんでしょう、皮肉ではなくほんとストレートに最近気になります。

「とにかくやってみる」ってのは、いつも思うに無知のゴリ押しに感じられ、一度何か見える具体的な問題があるときにはなかなか怖いものです。知らないで恐れているのはむしろそれらよりはずっとまずいので、とりあえず会計とかやらんとだめだなぁとかまったく夢想レベルで思い浮かべつつ「あかん、ユニットテストがない」とか「生命保険会社のラジオCMの最後の部分が聞き取れない」とか今は具体事例について困ってます (注: 生保のラジオCMなどは末尾にすんごい早い法律上の問題回避文言が入ってることが多いようです。「全州でサービスを受けられるわけではありません」的な、紙面の広告で言えば一番文字が小さいアレ)

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ああ、当然ながら、普通こういうことは考えるべきではないと思いますよ。もし考えているのならそれは夢の話でしかないのであって、現実に目の前に案件が並んでいてそれらをしっかりこなすのが先でしょう。

僕は言ったはずだよ、ネタなんだと

(それにしても書けば書くほどこの手の話題は苦手になってくな)